2010.07/15 [Thu]
自死者(自殺者)の魂はどこへ行くの? 前編
※本文中では、自死ではなく自殺という言葉を使わせていただきます。
これは「自死」という言葉が、まだ一般的な言葉として認識されていないからです。
その点ご理解の上、お読みいただけたらと思います。
以前、知人からいただいた質問について、ここで触れてみたいと思います。
こんな質問です。
飯田史彦さんの本では、自殺をした者は反省の闇に自ら入り、
罪が解消されない限り、出てこれないとありましたが。
やはり、皆その道を辿るのでしょうか?
永遠に闇から出てこれない魂も、沢山居るのでしょうか?
ところで自殺といっても様々なパターンがあると思うのですが、
例えば勢いでうっかり死んでしまったとか、
うつ病で自殺したとかの場合、事故死に近い気がしますが、
やはり自殺であれば皆同じ扱いになるのでしょうか?
もっと広げれば、尊厳死はどのように解釈されるのでしょうか?
同じ亡くなったにしても、あの世で幸せにしているのと
寂しい世界に籠っているのとでは大違いです。
まず、わたしの体験から。
私が訪ねたことがある自殺者は、2名。
そのうち1名は、自殺をとても後悔していて、
5年経っていましたが、お訪ねしたときはまだ、
ひとりで反省部屋のような空間を創って、こもっていました。
リトリーバルさせていただき、フォーカス27(輪廻転生を司るところ)に、
お連れすることができました。
とても感動的なリトリーバルでした
二人目は、亡くなったことをご自身で受け入れておらず、
そのままご自宅に、住んで?いました。
一度目の訪問は、コンタクトできず失敗。
2回目でリトリーバルできたのですが、
私の予想に反して、衝動的な自殺だったようです。
また、飯田氏の著書、『スピリチュアリティ・カウンセリング』 に、
自殺者の魂とコンタクトした際のやり取りが、実話として具体的に書かれています。
また、その他の方のリトリーバル体験の話、本での知識を参照すると、
次のようなことが言えるのかなと思います。
◇基本的には、自殺者の多くは、自らの行為を悔やみ、
自主的に反省部屋のような、ひとりの空間を創り出し、そこにこもって、
あれこれ考えている。(フォーカス23)
◇中には、衝動的に自殺してしまい、自分が亡くなったことが受け入れられずに
いる者もいる。その場合、幽霊に近い状態と思われる。
◇フォーカス23に、こもってしまうのも、決して罰や強制ではなく、
自らの意思で入ってしまう。よって、本人が自分にそこから出る許可を与えないと、
なかなか出て来れない場合もある。しかし、ガイド始め向こうの導く存在たちが、
わたしたちリトリーバルできる人間たちの協力も得て、日夜?そこから連れ出そうと
試みている。
◇うつ病や事故死に近い自殺の場合、本人に罪の意識はなく、反省部屋ではなく、
癒しのエリアにそのまま移動できる可能性が高い。(案内役が連れて行ってくれる)
◇尊厳死の場合、依頼によるのか、また、その理由によって、死後に行くエリアが、
分かれて行くものと思われる。
◇一言で自殺と言っても、その行為自体より、どのような想いを抱きながら
亡くなったかということの方が重要で、それによって、死後の行き先が違ってくる。
◇反省部屋に入っていても、外界とまったく遮断されているわけではなく、
見たいと思えば、現世の様子を垣間見たり、自分の人生を回顧し、
その意味を把握することも可能なようだ。
◇反省部屋とまでは行かなくとも、現世に未練や伝えたいことがあり、
あの世に行ってしまってはそれが果たせなくなるのではと思い、
フォーカス23に留まっているものも、多いように感じる。
これらのことから、どんなことが言えるのでしょうか?
また、自殺はほんとうに悪いことなのでしょうか?
長くなったので、次回、ここら辺について書いてみたいと思います。
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これは「自死」という言葉が、まだ一般的な言葉として認識されていないからです。
その点ご理解の上、お読みいただけたらと思います。
以前、知人からいただいた質問について、ここで触れてみたいと思います。
こんな質問です。
飯田史彦さんの本では、自殺をした者は反省の闇に自ら入り、
罪が解消されない限り、出てこれないとありましたが。
やはり、皆その道を辿るのでしょうか?
永遠に闇から出てこれない魂も、沢山居るのでしょうか?
ところで自殺といっても様々なパターンがあると思うのですが、
例えば勢いでうっかり死んでしまったとか、
うつ病で自殺したとかの場合、事故死に近い気がしますが、
やはり自殺であれば皆同じ扱いになるのでしょうか?
もっと広げれば、尊厳死はどのように解釈されるのでしょうか?
同じ亡くなったにしても、あの世で幸せにしているのと
寂しい世界に籠っているのとでは大違いです。
まず、わたしの体験から。
私が訪ねたことがある自殺者は、2名。
そのうち1名は、自殺をとても後悔していて、
5年経っていましたが、お訪ねしたときはまだ、
ひとりで反省部屋のような空間を創って、こもっていました。
リトリーバルさせていただき、フォーカス27(輪廻転生を司るところ)に、
お連れすることができました。
とても感動的なリトリーバルでした

二人目は、亡くなったことをご自身で受け入れておらず、
そのままご自宅に、住んで?いました。
一度目の訪問は、コンタクトできず失敗。
2回目でリトリーバルできたのですが、
私の予想に反して、衝動的な自殺だったようです。
また、飯田氏の著書、『スピリチュアリティ・カウンセリング』 に、
自殺者の魂とコンタクトした際のやり取りが、実話として具体的に書かれています。
また、その他の方のリトリーバル体験の話、本での知識を参照すると、
次のようなことが言えるのかなと思います。
◇基本的には、自殺者の多くは、自らの行為を悔やみ、
自主的に反省部屋のような、ひとりの空間を創り出し、そこにこもって、
あれこれ考えている。(フォーカス23)
◇中には、衝動的に自殺してしまい、自分が亡くなったことが受け入れられずに
いる者もいる。その場合、幽霊に近い状態と思われる。
◇フォーカス23に、こもってしまうのも、決して罰や強制ではなく、
自らの意思で入ってしまう。よって、本人が自分にそこから出る許可を与えないと、
なかなか出て来れない場合もある。しかし、ガイド始め向こうの導く存在たちが、
わたしたちリトリーバルできる人間たちの協力も得て、日夜?そこから連れ出そうと
試みている。
◇うつ病や事故死に近い自殺の場合、本人に罪の意識はなく、反省部屋ではなく、
癒しのエリアにそのまま移動できる可能性が高い。(案内役が連れて行ってくれる)
◇尊厳死の場合、依頼によるのか、また、その理由によって、死後に行くエリアが、
分かれて行くものと思われる。
◇一言で自殺と言っても、その行為自体より、どのような想いを抱きながら
亡くなったかということの方が重要で、それによって、死後の行き先が違ってくる。
◇反省部屋に入っていても、外界とまったく遮断されているわけではなく、
見たいと思えば、現世の様子を垣間見たり、自分の人生を回顧し、
その意味を把握することも可能なようだ。
◇反省部屋とまでは行かなくとも、現世に未練や伝えたいことがあり、
あの世に行ってしまってはそれが果たせなくなるのではと思い、
フォーカス23に留まっているものも、多いように感じる。
これらのことから、どんなことが言えるのでしょうか?
また、自殺はほんとうに悪いことなのでしょうか?
長くなったので、次回、ここら辺について書いてみたいと思います。





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- at 09:33
- [自死者(自殺者)とその家族]
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Re: タイトルなし
コメントありがとうございます。
また、応援ありがとうございます。
よく宗教や大人たちは、悪いことをすると地獄に行くと言いますよね。
これは、好ましくない道に入らないための脅しのようなものだと思います。
つまり、恐怖による統制とも言えます。
おっしゃる通り、地獄に落ちると脅すことも、今の時代好ましくことだと思います。
今度、天国と地獄について、書いてみようと思うのですが
天国には行ってみたことがあるのですが、地獄はまだなくて…
ブログを書くために、行ってみようかな~
わたしの調べた限り、自殺も病死も、事故死も、
向こうでの扱いはそれほど変わりません。
ただ、ご本人の想いは違うかもしれませんね。
だから、反省部屋のようなところに入る人が多いのでしょう。
だからと言って、安易に命を絶って欲しくないと思います。
そのツケはちゃんと回ってきますから。
つまり、ちっとも楽にはなれないと言うことです。
死を選ぶより、今生き方を変えることを強くお勧めします。
ひとりでたいへんなら、カウンセリングも行っていますので、お手伝いします。